
新装版 わたしが・棄てた・女 (講談社文庫) - 遠藤周作
「深い河」に続いて、遠藤周作さんの作品を読みました。
大学生の吉岡が二度目のデイトで躯(からだ)を奪ってゴミのように棄てたミツは、無垢な田舎娘だった。その後、吉岡は社長の姪との結婚を決め、孤独で貧乏な生活に耐えながら彼からの連絡を待ち続けるミツは冷酷な運命に弄ばれていく。たった一人の女の生き方が読む人すべてに本物の愛を問いかける遠藤文学の傑作。
女性とちがって生理と心理は若い男の場合、容易に別々になる。女は愛した者にしか肉体の欲望を感じないが、男は恋愛の対象と欲望の対象をわけることができる。(本文より)
社長の姪と交際しながら、赤線で欲望を満たす吉岡。
この病気は病気だから不幸じゃないのよ。この病気にかかった人は、ほかの病気の患者とちがって、今まで自分を愛してくれていた家族にも夫にも恋人にも、子供にも見捨てられ、独りぼっちになるから不幸なのよ。(本文より)
ハンセン病の施設へ入ったミツに修道女がかけた言葉。
もしミツがぼくに何か教えたとするならば、それは、ぼくらの人生をたった一度でも横切るものは、そこに消すことのできぬ痕跡を残すということなのか。寂しさはその痕跡からくるのだろうか。(本文より)
ハンセン病施設の修道女が吉岡に宛てた手紙を読み終えたときの吉岡のつぶやき。
読み終えた時に、自分の過去を省みて、タイムリープしてもう一度、正しい人生を生きてみたいと思いました。
誤った人生をここに吐露する勇気はありませんが。
私には信仰はありませんが、遠藤周作さんのいう「キリスト」が少し理解できたような気がします。
キリストは、不幸な人、苦しい人の不幸や苦痛を取り除いて幸せにしてくれるのではありません。彼は、不幸な人、苦しい人の不幸や苦痛をともに分かち合うのです。
どんなに自分が貧乏で困っていても、近くにお腹をすかせた人がいればパンを分け与えてあげるのです。
昨日、東京辰巳アイスアリーナで行われた第48回全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会に行ってきました。
トヨタ自動車がスポンサーのようで、クルマ屋さんからメールがきて申し込みました。
トヨタの観覧席は中央のいい場所でしたが、一般席も無料で観覧できます。
この日は1500mと500mのレースが男子女子それぞれ予選から決勝まで行われました。
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トラックを1500mは13周半、500mは5周します。
競馬に例えては選手に失礼かもしれませんが、競馬場は広すぎて遠くの方はよく見えないのに対し、ショートトラックは全体を見渡せるので、選手の動きに合わせて目で追っていけばよいのです。
数名の選手が一団となって滑るので、駆け引きあり、アクシデントありで目が離せません。
コーナーでは追い抜けないので、短い直線距離でスパートして前の選手を追い抜きます。
スケート場の観覧席は当たり前ですが、とても寒いです。スキー場並みの防寒対策が必要です。
朝霞市役所の駐車場に駐車しているのを偶然見つけました。
プリンス・グロリア
だいぶさび付いていましたが、ナンバーを付けて公道を走ってきたようです。
1962~67年に販売された2代目S40型。
プリンスは1966年に日産と合併し、その後、日産グロリアの名前でセドリックとの双子車として2004年まで販売されました。



